祝詞に見る丹田呼吸法

 祝詞(のりと)中でも『大祓(おおはらえ)の詞(ことば)』は最も有名です。その中に次の詞があります。

 息吹戸(いぶきど)に坐(ま)す息吹戸主という神、根の国・底の国に息吹放ちてむ。斯(か)く息吹放ちてば、根の国・底の国に坐す速流離姫(はやさすらひめ)という神、持ち流離(さすら)い失いてむ。
              
 「大祓の詞」とは、我々の罪や穢(けが)れを祓い清めるための祝詞(のりと)です。多くの神社で六月と十二月に行われる大祓の神事で唱えられる有名な祝詞です。冒頭の文はその一部で、その意味は次の通りです。

 息を吹く所にいらっしゃる息吹戸主という神様が、地下にある死後の世界を、息を吹いて吹き飛ばすでしょう。こうして息で吹き飛ばせば、その地下の国にいらっしゃる速さすら姫という神様がさすらって出てきて、その罪穢れがなくなってしまいます。

 息吹戸主という神様は、その息吹によって、罪や穢れを吹き払う力を持っています。まさに呼吸の神様と言えます。
 ここで興味深いことは、呼吸が罪や穢れを祓い清める力を持ったものとして、昔の人が考えていたことです。その古人の直感は、呼吸に心を込めた調和道丹田呼吸法を実修して見ると実感できます。実修が終ったあとのあの清々しさは、諸々のけがれが吹き飛ばされた感じがします。

沖ヨガと丹田

 日本ではあまりなじみのなかった、ヨガ(ヨーガ)という言葉を広めたのは、昭和35年に発刊された沖正弘著『人間を改造するヨガ・行法と哲学』という本でした。
 禅や武道や陰陽哲学などと融合させ、現代的に解釈した、いわゆる沖ヨガは、沖師が逝去後30年以上経った今でも、多くの信奉者を有し、多くの著書が復刻されています。
 沖師の著書には、東洋の道に通じる丹田の重要さが説得力をもって説かれています。その中に次の言葉があります。

 「丹田に力のはいっていない状況では、上半身に力がはいるために、交感神経ばかりが興奮して、アドレナリンが全身をかけめぐり、このために血液の酸性度が増加します。この現象は人類病といってよいほどに現代の人々のほとんどが見舞われています。」

 上半身に力が入っていることはストレスの表れです。それによって自律神経やホルモン系のバランスを乱し、血液を酸性に傾けてしまいます。この弊害を防ぐには、 上体を支える丹田えをしっかり安定させることが必要であると言うのです。
 現代病のほとんどが、この上半身の過緊張からくること、そしてそれは、丹田の力が抜けているからだと、沖正弘師は、明確に説いています。

真人の呼吸

 真人の息(いき)は是を息(そく)するに踵(くびす)を以てし、
 衆人の息は是を息するに喉(のど)を以てす。

          『荘子(そうじ)(大宗師篇)』
 
 推定 紀元前三六九~二八六)の著述とされる『荘子』にある、有名な言葉です。荘子は、書名をいう場合は「そうじ」、人物をいう場合は「そうし」と読みます。

 真人、つまり真理を悟った人はかかとで呼吸をし、一般の人はのどで呼吸をするというのです。
 息は、肺からのどを通って出たり入ったりしています。いくら悟ったからといって、かかとで息をすることはないでしょう。ここでの意味は、肺から喉という近い距離ではなく、最も遠いかかとまで全身を通っているような長い息が真人の息だということです。
 もう一つは、かかとまで貫き通すような力強い息、それは丹田呼吸のことです。丹田呼吸こそが真人の息だという意味です。さらに言えば、のどという上部を意識するのではなく、足の裏という下部を意識する呼吸が、上等な呼吸であるということです。

 江戸時代の名僧白隠禅師も『夜船閑話』の中で次のように言っています。
 「おおよそ生を養うの道、上部は常に清涼ならんことを要し、下部は常に温暖ならんことを要せよ」と。
 
 身心を養うには、身体の上部(肩・胸・背)は、清涼にする(力を抜く)事が大事で、下半身は温暖(意識を集中する)になるように心掛けることだということです。

 荘子も白隠禅師も、丹田呼吸の実修を勧めているのです。
 

平野元良の『養生訣』

 江戸時代末期に、平野元良(寛政二〈一七九〇〉~慶応三〈一八六七〉)という名医がおりました。本名は重誠ですが、革谿、桜寧室など、いろいろな名で呼ばれています。
 彼の著した『養生訣(ようじようけつ)』は、丹田呼吸法や健康法などについて触れられていて、当時のベストセラーでした。
 平野元良の丹田呼吸法は、白隠禅師から、東嶺、寺田宗有、白井亨という系譜をたどって伝わったものです。
 「寺田・白井のごときは、実に二百年来の名人なり」と『日本剣道史』で、著者の山田次郎吉が絶賛している幕末の両剣豪の道統に連なるだけに、剣術にも通じていたようです。特に彼の直接の師である白井亨は、丹田呼吸法の習練により、独自の剣の道に達した人です。

  「気息(いきあい)を臍下に充実(みた)しむれば、よく百病を除くということ、実(まこと)にその験(しるし)あり。」
と、元良先生は、丹田呼吸法の効能を述べています。
 白隠禅師の、「我がこの気海丹田腰脚足心、総にこれ本来の面目、面目何の鼻孔かある」という、丹田の重要性を説いた内観の法の効果を、医師の立場から断言しています。
 平野元良師の説く教えは、藤田霊斎師の丹田呼吸法にも大きな影響を与えています。

頭の人、胸の人、腹の人

 明治末期から大正時代にかけて、岡田式静坐法という修養法が大きなブームになりました。主宰者である岡田虎二郎は、人を、頭の人、胸の人、腹の人の三つのタイプに分けて、頭の人は第三等、胸の人は第二等、腹の人は第一等であると言いました。
 頭の人とは、知識が豊富で頭の良い人です。そういう人は羨ましいようですが、岡田師は最下位に評価しました。せっかく与えられたこのいのちを、悔いなく活かすためには、知識を頭に詰め込むだけでは役に立ちません。
 胸の人とは、努力する人、頑張る人です。頑張ることや努力をすることは尊いことです。多くの成功者や立志伝中の人物はたいてい努力の人です。
 しかし、いつも頑張ってばかりでは疲れてしまいます。むやみな気負いは、創造性をさまたげて、紋切り型の窮屈な人間を形成してしまいます。
 うつ病や燃え尽き症候群になりやすいのも、この胸の人です。第二等の人といわれるゆえんです。
 岡田師が最も評価する第一等の人は、腹の人です。
 得意冷然 失意泰然・・・。順調な時にもはしゃがず、逆境のときにも落ち込まない人、それが腹の人です。
 頭の人は、輝きや切れ味を思わせます。音で言うと「キ」ですね。「キレル」「キッチリ」「キゼン」という感じです。その鋭さがポキッと折れそうなもろさを感じさせます。
 胸の人は尊敬に値します。しかし、「ドリョク」「ドコンジョウ」といった「ド」の音からは、どこか息をつめたような重苦しさを感じます。
 腹の人には、悠然とした幅を感じます。音で言えば「ユ」です。この場合は「ゆ」と、ひらがなで表記した方がフィーリングとして適切です。「ゆたか」「ゆとり」「ゆるす」「ゆうゆう」「ゆったり」ということで、広々とした包容力が感じられます。
 日露戦争の英雄東郷元帥の青年期は、カミソリのように切れ味鋭い人だったそうです。彼の将来を嘱望する上司は、頭が良いだけでは、参謀になれても大将にはなれないから、腹を錬るようにとアドバイスされたそうです。それを素直に聞きいれて、青年東郷平八郎は、坐禅等によって腹を錬ることを実践しました。
 連合艦隊旗艦三笠の艦橋で、「皇国の興廃」を賭ける重圧の中で、泰然自若として指揮を揮ったのは、腹の力であったと思います。
 東郷さんのような立場になることは稀にしても、腹を錬って腹の人になることは、人生の上で優先すべき大事であると思います。
プロフィール

鈴木光彌

Author:鈴木光彌
1943年(昭和18)東京都葛飾区水元に生まれる
法政大学法学部卒
在学中は応援団に所属し、副団長を務める
今も、人々に生きる勇気と喜びを鼓吹する応援団を任じている
昭和55年、公益社団法人調和道協会に入会し、丹田呼吸法を学ぶ
以来研鑚を重ね、現在養根塾を主宰して活動中
著書:「丹田湧気法入門」柏樹社(共著)、「丹田を創る呼吸法」BABジャパン、「丹田を創って『腹の人』になる」小学館、「藤田霊斎 丹田呼吸法」佼成出版社

【養根塾】
◇会場: 高輪アンナ会館
東京都港区高輪2-1-13
都営浅草線 泉岳寺駅A2口徒歩5分
◇日時:毎週火 1:00~3:00PM
◇会費:1000円/1回
自由ヶ丘教室 第2・4金 10:30AM
若葉教室 毎週金 6:00PMも併設
お問合せ 090-5405-4763 鈴木

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