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タンポポ魂

 土の詩人、いのちの詩人、祈りの詩人、癒しの詩人・・・など、さまざまに形容された詩人、坂村真民さん。
 真民さんには、丹田を歌った詩がいくつかあります。つぎの「タンポポ魂」という詩は、丹田という言葉を使っていませんが、その背景に丹田のこころがかくされています。

「タンポポ魂」
踏みにじられても
食いちぎられても
死にもしない
枯れもしない
その根強さ
そしてつねに
太陽に向かって咲く
その明るさ
わたしはそれを
私の魂とする


 真民さんは、民衆救済のために生涯を傾けた一遍上人の生き方に、深い共鳴を寄せていました。全国を遊行した一遍さんの、あくなき求道と伝道の力強さに、タンポポの魂を見たのでしょう。
 丹田呼吸法の実践は、タンポポのような根強さと明るさを身につけさせてくれるように思います。丹田力によって養われる忍耐力と実行力は、タンポポの根の力そのものだからです。
 タンポポ魂の坂村真民翁は、晩年まで前向きな詩を作り続けて、九十七歳の長寿を全うされました。

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Head Hand Heart Hara

 わが国は、明治維新でヨーロッパから学び、第二次世界大戦後はアメリカから学んで近代的発展を遂げました。しかし、他文明を取り入れるに急なあまり、自国の良いものまで捨てて省みなくなった弊害もありました。大掃除の繁忙にまぎれて、宝物まで捨ててしまいました。

 19世紀の教育実践化ペスタロッチは、頭(Head)と手(Hand)とを、胸(Heart)で生かす「3H」の全一教育を提唱しました。すなわち、知力と技術力を意志力で統一した人物を育てる3H教育を考えました。
 京都大学教授であった故下程勇吉博士は、もう一つ「Hara」を加えて「4H」教育を主張しました(『肚―人間の重心』より)。
 腹によって、知性・技術・意志にいのちを吹き込んで統一するということです。腹がなければ、知性と技術と意志とを一元的にまとめて、生きてはたらかせることができないのです。
  戦後、捨ててしまった大切なものの最たるものは、「腹」を重視する心です。昔から武術の世界では、腹の下部を丹田と言っています。下腹部である丹田を中心に鍛錬をしていくと、健康、美容、スポーツ・武道・芸能など諸道の向上、精神力強化、など、驚くほどの効果を発揮するのです。
 丹田呼吸法は、「腹」を養うために最もすぐれた方法です。

剣と丹田

  『直心影流(じきしんかげりゆう)法定(ほうじよう)目録伝解』という伝書には、次のような丹田についての記述があります。ます。

 平日非日常共に、心丹田に有時(あるとき)は万事に怖れ迷う事なく、決断臨機応変の自由をなす者也(なり)。心を丹田に治むるを正直とす。丹田とは心の居処(いどころ)也、即ち田畑より五穀に出る如く、丹田より万事を生じ出す故丹田と云う。
(原文の片仮名を平仮名、送り仮名等一部改めています)
       
 日常でも特別な時でも、常に心を丹田に置いておくと、とっさに冷静な判断ができ、あらゆる事態において臨機応変の対処できる、ということが書いてあります。
 直心影流法定とは、本来人間が有している〝いのちのはたらき〟を、あるがままに顕現するための鍛練法であると言えます。日常生活においていつの間に狂ってしまった〝いのちのはたらき〟を、本来の姿にもどすための型ということです。
 五穀のいのちが生え出る田畑と、〝いのちのはたらき〟の場である丹田は相似的な関係にあります。
 自分の身に備わった豊饒(ほうじよう)な田畑である丹田を、丹田呼吸法によって形成しておきましょう。

肚の文化

 日本の心療内科の草分け池巳酉次郎博士は、「肚の文化が人類を救う」という言葉を残しています。
 池見博士の言う「肚の文化」とは、物事を統合的に見ていこうとする文化であると思います。論理に対して直観といったところです。また西洋的学識に対して東洋的叡智といってもよいかもしれません。
 「肚の文化」とは、身体の活動を通して宇宙の意識を直感する感性を重んじる文化であると、私は思います。いわば身体知を喚起して生命知を自覚する文化であります。現実に対して全身の機き(はたらき)をもって対処し、そこから人生の本質を学んでいく態度です。このような知恵が問うように、とりわけ日本には今も残されているのです。この文化こそ、世界の人達に知らせることは、私たちの大きな使命であると思います。
 また、上智大学名誉教授で、カトリックの神父でかつ臨在禅の師家であった門脇佳吉先生は、「この混迷の世を救うものは丹田呼吸しかない」と断言しています。
 「肚の文化」を担うためには、一人一人が「肚の人」にならなければなりません。そのために必要なのが丹田呼吸」なのです。

短歌は呼吸で詠む

 だいぶ前の話ですが、歌人の馬場あき子さんが、NHKの短歌の番組に出ておりました。そのときの馬場さんのお話は、呼吸はいのちであるから、短歌を詠むにも呼吸の工夫が大切であるということでした。どのように呼吸を工夫するのかというと、間のところで息を継がないことだと言うのです。

 たとえば石川啄木の、
東海の小島の磯の白砂に我泣き濡れて蟹とたわむる
という歌を詠むとき、「白砂に」と「我泣き」で間ができます。そこで息継ぎをしないということです。
 息継ぎをすると、息継ぎの前と後の調子が微妙に違ってきてしまうというのです。確かに息継ぎをすると、その前後が異質なものになり、つながりが途切れていのちを失い、木に竹を継いだようになってしまいます。

 朗誦の名手でもある馬場さんのお話を聞いて、呼吸というものの玄妙さに改めて感じ入ったものでした。
プロフィール

鈴木光彌

Author:鈴木光彌
1943年(昭和18)東京都葛飾区水元に生まれる
法政大学法学部卒
在学中は応援団に所属し、副団長を務める
今も、人々に生きる勇気と喜びを鼓吹する応援団を任じている
昭和55年、公益社団法人調和道協会に入会し、丹田呼吸法を学ぶ
以来研鑚を重ね、現在養根塾を主宰して活動中
著書:「丹田湧気法入門」柏樹社(共著)、「丹田を創る呼吸法」BABジャパン、「丹田を創って『腹の人』になる」小学館、「藤田霊斎 丹田呼吸法」佼成出版社

【養根塾】
◇会場: 高輪アンナ会館
東京都港区高輪2-1-13
都営浅草線 泉岳寺駅A2口徒歩5分
◇日時:毎週火 1:00~3:00PM
◇会費:1000円/1回
自由ヶ丘教室 第2・4金 10:30AM
若葉教室 毎週金 6:00PMも併設
お問合せ 090-5405-4763 鈴木
Eメール
mitsuya@wf7.so-net.ne.jp

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