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塞翁(さいおう)が馬

 塞翁という人が飼っていた名馬が逃げてしまいました。塞翁は全然がっかりするそぶりも見せません。そのうち逃げた馬がすごい駿馬を連れて帰ってきました。しかし塞翁は別に大喜びする風もありません。そしてその駿馬に乗った息子が落馬して足の骨を折る大けがを負ってしまいます。塞翁は、「こんなこともあるさ」と平気な顔です。その息子は、その怪我のために戦争に行かず、生き延びることができました。
 中国の古典『淮南子』にある、 「万事塞翁が馬」というお話です。

 悪いことが起きると、大概の人は失望し気持ちが暗くなります。その暗い気持ちが、暗い運命を引き起こしてしまいます。逆に良いことが起きると、とかく有頂天になります。その有頂天の気持ちが、心のスキとなって失敗をもたらします。

 失意の時も取り乱さず、得意の時も調子にのらない。そんな物事に一喜一憂しない人を腹の人というのだと思います。
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養根の季(とき)

 暑さから逃れてホッとした気持ちと、日増しに気温が下がって冬に向かう寂しさが交々と感じる季節。9月は地味ながら味のある月ですね。かつて、「セプテンバー・ソング」という歌がヒットしました。フランク・シナトラやビング・クロスビーの歌声は、そんな9月の微妙で切ない気分が表れていて、アメリカにもイキ、ワビ、サビあるんだなあと思ったものでした。

 ともあれ実りの秋と言われるように、これからは身体に生命感があふれる季節です。こんな時こそ丹田呼吸を大いに実修したいものです。丹田は身体の中でも大地に相当する部分です。そして、丹田呼吸を実修することは、大地の中に根を張ることにたとえられます。
 目に見えない大地の下に、営々と根を養っていきましょう。地下の根をしっかりと養うことで、幹は太り、枝葉は茂り、花は咲き、実は結びます。

 腹の人というのは、根が養われた人をいいます。身辺の出来事を全て自分の問題として引き受ける、強い主体性を持った人です。常に上虚下実の姿勢を維持し、しっかりと大地に根を張っている人です。それが養根の魂を持った人です。

肚の文化

 白隠禅師(1685<貞享2>~1768<明和5>は、「我がこの気海丹田 総に是我が本分の家郷 家郷何の消息かある」と言いました(『夜船閑話』)。自分という存在の本質は腹にあるのだということです。
 ドイツの哲学者、カールフリート・デュルクハイム(1896~1988)は、「人間は肚において、自己が生命として存在すること、しかし、なおあるべき存在に達せず、萌芽の状態であること、そして、本質的にかなった人格としての自分はだれなのかを、体験するのである」( 麗澤大学出版会刊『肚人間の重心』)と、白隠の説を裏付けるようなおことを言っています。

 生命の本質は肚にあり、その本質を自覚するのは、肚をおいてないということで、両者はどちらも、肚(腹)に人間存在の中心を置いています。
 デュルクハイムはなおも言います。「人生の幸運は、両極を互いに一体化する道の上にしかない」と。人間の進化は大脳に依るところが大きいのですが、大脳は物事を分析するための器官であって、「両極を一体化する」はたらきをもってはいません。
 両極を一体化し、統一を実現し、「根源的中心を知覚するとき、そこに自分の根を下ろすとき、すなわち『肚』をもったときに成就する」と、デュルクハイム伯爵は述べているのです。 分析と統一を調和統合するのは肚だということです。

 江戸時代の白隠禅師の肚の文化について、合理性一辺倒と思えるドイツ人哲学者が主張するところに、大変興味深いものがあります。

腹の文化

 江戸時代の後期に、源清音という田宮流居合の師範がおりました。この人が、『剣法形状本義』という著書の中で次のように述べています。

 腹の大なるは強し。小なるものは弱し。然れども大にしてしまりあしきは作用重く且息に響く。また腹の皮厚きものは其身強し。腹は学びに依りて調い、締まるに非れば可ならず。鳩尾高く腹出でざる程は、其業可成りと雖も意に迷いて定らず。腹調わざれば作用も又能くし難し。

 腹の形と剣術の関係について述べていて、腹は大きい方がよいと言っています。ギリシャ彫刻のような細いウエストをよしとする見方とはだいぶ異なっています。でも、大きくても、しまりが悪いのは動作が鈍く息が上がってしまうので、稽古によって形を調え締まった形にしなくてはダメだとも言っています。
 鳩尾(みぞおち)が高く出っ張っているのは、わざができていても、心に迷いが出て安定しないというところは、白隠禅師の「ひさご腹」と符節が合っていて、丹田呼吸の理にかなっています。
 文末では、腹が調わなければ、動作もうまくできないという言葉は、腹を大切にした古人の考え方をで、動作の起点としての腹を考え直すための貴重な見解だと思います。

心の乱れを静める呼吸

 ヨーガは、インドに生まれた人生万般にわたる哲学であり、修養法です。その広汎なヨーガを『ヨーガ・スートラ』は、「ヨーガは個人意識における動きの静止である。(東方出版刊『ヨーガ・スートラ』 ヴィディヤラン・カール著 中島巌訳)」と一言で定義しています。

 「個人意識における動きの静止」とは、心の乱れを静めるということです。仏教では、「止観」の「止」とか「定慧」の「定」がこれにあたります。「止」によって「観」が、「定」によって「慧」が生じます。「観」「定」は、真理に目覚めること、すなわち悟りです。ヨーガや仏教に限らず、「道」のつく行為はすべて、心の乱れを静めて真理に目覚めることを目指しているといえます。
 
 調和道丹田呼吸法の創始者である藤田霊斎は、心をもって心を制するのは難しいから、呼吸をもって心の乱れを静めることを提唱しました。そしは、ヨーガにも、仏教にも道教にも儒教にも神道にも通じ、さらには、諸芸に道にもつながる、完全な呼吸法です。
 調和道炭田呼吸法を、正しく伝えていくことを強く願って、養根塾は活動を続けています。

 
プロフィール

鈴木光彌

Author:鈴木光彌
1943年(昭和18)東京都葛飾区水元に生まれる
法政大学法学部卒
在学中は応援団に所属し、副団長を務める
今も、人々に生きる勇気と喜びを鼓吹する応援団を任じている
昭和55年、公益社団法人調和道協会に入会し、丹田呼吸法を学ぶ
以来研鑚を重ね、現在養根塾を主宰して活動中
著書:「丹田湧気法入門」柏樹社(共著)、「丹田を創る呼吸法」BABジャパン、「丹田を創って『腹の人』になる」小学館、「藤田霊斎 丹田呼吸法」佼成出版社

【養根塾】
◇会場: 高輪アンナ会館
東京都港区高輪2-1-13
都営浅草線 泉岳寺駅A2口徒歩5分
◇日時:毎週火 1:00~3:00PM
◇会費:1000円/1回
自由ヶ丘教室 第2・4金 10:30AM
若葉教室 毎週金 6:00PMも併設
お問合せ 090-5405-4763 鈴木
Eメール
mitsuya@wf7.so-net.ne.jp

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