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頂きなおす

 数年前のことですが、丹田呼吸法セミナーの席で、ある資料を出席していた人にあげたところ、彼女は大変喜んで、「家に帰ったら神棚に上げます」と言っていました。大学院生の若い女性の口から出た「神棚に上げる」という言葉に、感動を覚えたものでした。
 神棚、仏壇、床の間などの改まった場を作り、そこにいったん捧げてから頂きなおすという儀式は、現代に取り戻したい古いならわしです。いったんその原点に返して、改めて頂きなおす行為は、そのものの有り難さをあらためて感じさせてくれるものです。

 丹田呼吸法はいのちを頂きなおすということです。惰性の日常を改めて見直し、いのちの根源に一度お返しして頂きなおすのです。すると、生きて今この一息をしていることが大変ありがたいことに思われてきます。その心を込めた呼吸こそが丹田呼吸なのです。
 自分のいのちを自分で作り出した人はいません。親を通して何者かから与えられたものです。その当たり前の事実を忘れてしまいます。そして、自分の力で生まれてきて、自分の力で生きてきたように錯覚してしまうのが人の常です。
 この一息一息を頂きなおして丁寧に行なうことで、この錯覚から目覚めることができます。そして、今生きているという事実が新鮮に自覚出来てきます。
 この一呼吸の中にいのちの根源が見えてくるのです。

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惜福・分福・植福

 幸田露伴の『努力論』に、「惜福・分福・植福」という言葉が見えています。
 「惜福」とは、恵まれた幸運を、いい気になって浪費しないということです。
 惜副によって蓄積された福は、独り占めしないで多の人たちにも分けてあげること、それを「分福」というと露伴は言います。自分だけいい思いをするなというわけです。露伴流に言えば、「雪隠(トイレ)で饅頭を食うな」ということです。

 豊臣秀吉が、低い身分から天下人にまでなったのは、「文福」の精神が旺盛であったからだと露伴は言っています。確かに秀吉は惜しみなく、獲得した田地を家臣に分け与えているようです。
 「木守り」といって、柿の木などのてっぺんに、実を一つだけ残しておく風習が今でもあります。小鳥や虫へのおすそ分けといったところでしょうか。分福精神の表れとして、ゆかしい風習です。

 「植福」とは、日ごろから蓄えることを怠るなということです。以前やはり露伴の言葉として述べた、「間接の努力」を怠らないということです。

 実生活に取り組む中で修養を積んだ幸田露伴の言葉には、無駄のない、腹に落ちる真実の重みがあります。

幸福の青い鳥

 チルチルとミチルの兄妹は、幸福の象徴である青い鳥を探しに、出かけて行きました。しかし、どこまで行っても青い鳥は見つかりませんでした。歩き疲れて二人が家に帰りますと、青い鳥は家の中の鳥籠の中におりました。
メーテルリンクの童話「青い鳥」は、そのような物語でした。

 豊かさ、便利さは幸福の条件の一つかもしれませんが、すべてではありません。自分の外にあるものだけを頼ると、偶然性に左右されて人生は不安定になります。
 本当の安定は、心の在り方にかかっています。自分の真実の姿を認識する力、先人、社会、親、兄弟、上司、同僚、部下、師、友人などの恩を感じる感性、困難にたち向かう勇気、生命をいとおしむ情感、などが、安定した人生の主要な条件になるものです。
 しかし、心は自分のものでありながら、思う通りにコントロールすることができません。そのためには、腹(丹田)が重要なカギになってきます。
 腹を創るためには、呼吸の仕方がポイントになります。その呼吸の仕方の要点は、呼吸に意識を込めることです。日常無意識に行なっている呼吸を、意識的に行なうのです。その意識呼吸の実践が、腹(丹田)に充実感をもたらします。つまり、意識呼吸はそのまま丹田呼吸になるのです。
 修行などと意気込んで外に求めても、得るものは多くありません。丹田という身体の中の一点に意識を置いて呼吸をすること。それだけで、身体と心は調っていくのです。

風と息

誰が風を 見たでしょう?   ぼくもあなたも見やしない
けれど木の葉をふるわせて  風は通り抜けてゆく

                        クリスティーナ・G・ロセッティ
                        西城八十訳

 風は目に見えないけれども、木の葉のそよぐのを見て風の存在が確かめられます。
 風は宇宙の呼吸であり、我々の呼吸は体内を吹く風と言えます。また風は、神の呼吸であり、言葉を変えればいのちの息です。我々はそのいのちの息を吹き込まれて吸気となし、それを感謝でお返しすることを呼気としているわけです。
 そのことをハッキリと体感するには、日常の無意識の呼吸を、意識的な呼吸にかえてみることです。つまり丹田呼吸をすることです。すると、神あるいは宇宙の根源と自分とが、呼吸を通して統一していることが実感できます。息を吸うことは神の恵みであり、吐くことは、自分を生かし給う神への感謝のメッセージであるように感じられてきます。

 ものごとの微妙さを表現するとき、「風」という字が使われます。
  風景・風情・風光・風月・風格・風貌・風潮・風雅・風流・風味・風物・風合・風評などなど・・・
 これらの風からは、神の息づかい、宇宙の息吹が感じ取れるように思います。
 いのちの根源とのつながりを感じる感性を失うことから、不安や恐怖が起こります。そしてそのつながりを取り戻したときに、愛に満たされた心からの安心を感じます。
 そうした感性は、神の息づかい、宇宙の息吹とフラクタル構造にある丹田呼吸法によって養われるのです。
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プロフィール

鈴木光彌

Author:鈴木光彌
1943年(昭和18)東京都葛飾区水元に生まれる
法政大学法学部卒
在学中は応援団に所属し、副団長を務めていたが、今も、人々に生きる勇気と喜びを鼓吹する応援団を任じている。、
昭和55年、公益社団法人調和道協会に入会し、丹田呼吸法を学ぶ
以来研鑚を重ね、現在養根塾を主宰して活動中
著書:「丹田湧気法入門」柏樹社(共著)、「丹田を創る呼吸法」BABジャパン、「丹田を創って『腹の人』になる」小学館、「藤田霊斎 丹田呼吸法」佼成出版社

【養根塾】
◇会場: 高輪アンナ会館
東京都港区高輪2-1-13
都営浅草線 泉岳寺駅A2口徒歩5分
◇日時:毎週火 1:00~3:00PM
◇会費:1000円/1回
自由ヶ丘教室 第2・4金 10:30AM
若葉教室 毎週金 6:00PMも併設
お問合せ 090-5405-4763 鈴木
Eメール
mitsuya@wf7.so-net.ne.jp

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